ダイエッターの1日ルーティン|通勤・ランチ・夕食・体重計との付き合い方まとめ

ダイエット
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※もともと「通勤」「ランチ」「夕食」「体重計」ごとに分けて投稿していた記事をこちらにまとめました。ダイエット中のとある1日の過ごし方として、参考にしていただければ嬉しいです。

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通勤編

朝食はご飯に味噌汁とおかず、食後にヨーグルトというのが定番。内容に特にこだわりはないが、野菜を多めに摂るようにしている。

食事はよく噛んでゆっくり食べるのがポイント。お腹から発せられる満腹信号に耳をすませる。

身支度を済ませ、スニーカーを履く。今まで通勤にはビジネスシューズを履いていたが、コロナ禍を経てからはスニーカーで通勤している。在宅勤務中の2ヶ月は、毎朝5km、時間にして約1時間ウォーキングをしていた。スニーカーの歩きやすさに目覚め、通常出勤になった今でもスニーカーで通勤するのはそのときの名残だ。

玄関を出たところでアップルウォッチをエクササイズモードに設定し、駅までのウォーキングを開始する。本来アップルウォッチは動きを感知して自動的に計測をスタートしてくれるのだが、結構な早歩きをしないとエクササイズと認めてくれない。せっかく歩いたのに記録されないと損した気分になるので、いつも手動でスタートするようにしている。

毎日30分以上のエクササイズのノルマをアップルウォッチから課せられている。駅まで歩いて15分の道のり。今まではバスを使っていたが、ノルマを達成するために歩くことにしている。最低でも行き帰りでノルマ達成できる計算だ。ノルマを達成すると褒めてくれる。褒められるのはどうでもいいが、不思議と達成欲が湧いてくる。

通勤途中には上り坂もある。上り坂や階段は肥満体の宿敵だ。今より28キロ太っていた頃は息を切らして登っていたし、たまに歩けば後ろから来る人にどんどん抜かされていた。それが今は息も切らさず、抜かされることもなくなった。こういうところで身軽になった自分を実感する。

駅までの道中は、ポケモンGOをやりながら歩くこともある。時々ちょっと寄り道してポケモンジムに置きポケモンをすることも。歩きながらブログネタを考え、思いついたことをスマホでメモを取るのもいつものパターンだ。

会社に着いたら、エレベーターではなくあえて階段を使う。「なに?階段でいくの?」と上司に声をかけられたこともあるが、気にせず続けている。

帰りは電車で目的の駅の1つ前で降りて歩くこともある。都心は公園や緑も多く、起伏もあって散歩するにはなかなか楽しい。知らない道を歩くことで脳は活性化するというので、少し遠回りしてみたりもする。

通勤というとネガティブに思ってしまいがちだが、運動+脳の活性化と捉えてポジティブに考えるようにしている。これもダイエットを楽しむための努力の一つだ。

ランチ編

これを言うとみんな驚くが、揚げ物、油ものは気にせず食べている。体重変化を見ていると、自分の場合は油は制限しなくても大丈夫そうだ。

そのかわり、麺類、パン類はたまにしか食べない。甘い飲み物も摂らないようにしている。

そんな感じでチョイスすると、ランチは大体いつもこんな感じになる。この日のランチはケンタッキーオリジナルチキンののっけ盛りサラダ。

なるべく多品目を摂るために、ナッツとミューズリーをトッピングしている。それから、オリーブオイルも回しかけている。油がないと腹持ちが悪い。

自分にとって食事とは、戦いの時間である。戦う相手は、自分自身。正確に言えば、生物としての自分の脳との戦いである。

脳はあの手この手を使って太らせようと仕向けてくる。例えば、ストレスにかこつけて無意識にものを食べさす。咀嚼を減らし早食いにさせ、短時間に大量の食べ物を胃に詰め込ませる。ながら食いをさせて、食べた実感を奪う。

味の濃いもの、特に甘いものを食べた時には、脳内に快感物質を大量に分泌し、その食べ物の虜にする。このように脳は飢餓に備えて生き抜くために、巧みな戦術を繰り出してくる。無防備でいると、文字通り脳の「餌食」とされてしまう。

脳との戦いは、いかに食べすぎず、適量・適切の食事で満足感を得るかという戦いである。満足感を得るためには、味覚・視覚・嗅覚・触覚・聴覚の五感をフルにはたらかせて、「自分はいまものを食べている」ということを脳に知らしめなければならない。

「ながら喰い」は避けるべきだ。スマホを裏返して画面が見えないようにして、自分の感覚に集中できるようにする。お腹は満たされても、心の満足感が満たされなければ食欲は収まらない。

準備が整ったところで、戦闘開始。いただきます。一口食べる。よく噛む。更によく噛む。そして、そろそろ飲み込もうと思ったところで、やっぱり飲み込まず、さらによく噛む。これでもか、と咀嚼してやっと飲み込む。そしてまた一口。よく噛む。

咀嚼しながら箸を一旦置くくらいのつもりでいい。そんなことを繰り返しながら時間をかけながら食事を摂る。

そして、体の感覚に耳を澄まし、自分自身に問いかける。「満腹になってる?満足はした?」特に食事の後半はこの確認作業が大切になる。

食べてみてわかったが、ケンタッキーオリジナルチキンののっけ盛りサラダは、これはダイエッターにはちょっと不利なメニューである。ケンタッキーが美味しすぎる。

通常、食事は、食べ進めるにつれ、お腹は満腹になり、食欲は減っていく。しかし、ケンタッキーの濃い味付けは、一口ごとに食欲が増していく感覚にとらわれる。

ファストフードは脳が欲しがるよう計算されつくした、売る側にとって最適化された食べ物という。もし目の前に山盛りのケンタッキーがあればきっと食べてしまったに違いない。恐ろしい食べ物だ。初心者は手を出さないほうが良い。

この感覚は、甘じょっぱいテリヤキソースやうなぎのタレなどにも同じことが言えるだろう。気をつけなければならない。

食事の後半には、一旦席を離れ、インターバルをとるのも手だ。時間を置くことで、食欲を減退させることができる。ちょっとマナー違反にはなるが、脳との戦いに掟はない。

満腹感を感じてきたら、そこで残してしまうという技もある。しかし、これは戦いを極めた上級者の領域で、自分もまだそこまで達していない。

一通り食べ終わったところで、まだ気を抜いてはいけない。後は最後の仕上げとして食休みが必要だ。

昔の人は、「親が死んでも食休み」とよく言ったもので、どんなに忙しくても、食後の休息はとらなくてはいけないという戒めである。「食事」という生物的な基本行動に対して、時間短縮とか合理化とか文明的な考えは当てはめないほうがよい。お茶でも飲みながら、満腹感にひたり、ゆっくりするべきである。

ここまできて、満腹・満足感を得ていれば、勝負は勝ったも同然である。このあと、平穏無事に間食せずに夕飯を迎えられれば勝利である。そしてまた新たな戦い「夕飯の陣」が始まるのである。

夕食編

夕方6時半、この時間になると予定通りお腹が空いてくる。昼に食べたものがきちんと消化された証だ。

夕食はいつも職場で食べている。メニューは昼と同じ、惣菜を乗せたいつものサラダだ。夕食分に取り分けておいたサラダを冷蔵庫から取り出す。

何度もいうが、ダイエットのために頑張ってサラダを食べているわけではない。美味しいので好き好んで食べている。これはダイエットを続ける上で大切なことである。

夕食には、夕食ゆえの気をつけるべき点がある。まず1つ目は、最低寝る3時間前までには食事を済ませなければならないということだ。これはレプチンというホルモンの抵抗性を起こさせないためである。レプチンの抵抗性がつくと、食欲が抑えられなくなる。できれば4時間は空けたいところだ。

2つ目は、食事の後には仕事ではなく自由時間がある、ということだ。夕食でしっかり満腹感・満足感を得ていないと、仕事が終わった開放感から暴食に走ってしまうかもしれない。繁華街から漂う焼き肉や焼き鳥、そしてラーメンの誘惑。コンビニに並んでいるデザート、ホットスナック、お菓子——明るい店内に吸い寄せられる、飛んで火に入る夏の虫状態である。

これは太った経験のない人には分からないかもしれない。体内ホルモンが悪さをして、脳が思考を乗っ取り、自分の意志で防ぐのは非常にむずかしい。ヘビースモーカーが禁煙することを想像してほしい。あれと同じである。

そんなことを防ぐためにも、職場を出る前にしっかり(といってもサラダだが)夕食を摂ることにしている。職場でサラダを食べているのを見て、「この後何も食べないんですか?」と聞かれることもある。よく、残業に備えてファミチキやマックフライポテトを食べている人を見かけるが、自分が食べているのはそういった間食ではなく、夕食だ。

夕食のあとは朝食まで何も食べないのが基本。しかし、寝る前にどうしてもお腹が空くときは、牛乳を1杯飲むことにしている。これで空腹は収まる。

食事の内容・方法についてはランチと変わりがないので割愛する。

19時までに夕食を済ませ、残業を終えて家に帰ったら、お風呂に入る。そして翌朝、目覚めるとお腹が空いている。12時間ぶりの朝食は美味しいことこの上ない。なんだか健康的に感じる瞬間だ。

そう考えてみると、夕食は1日の終りではなく、むしろ次の1日の始まりなのだ。

体重計と私

お風呂上がりには、たまに体重を測ってみる。体重は自信のある日しか計らないが、前回の記録よりも600グラム減っていると、それだけで嬉しくなる。体重の記録はBluetooth体重計を使ってスマホで記録している。なるべく手間をかけないようにするのがコツだ。

最近、体重計に乗る頻度が増えた。以前は多くても週一くらいだったのが、ここのところ1日1回は乗っている。

ダイエットは今のところ順調で、ピークから28キロ減った。おおよそ体重の1/3がなくなった計算だ。

しばらく会っていなかった人に久々に会うと皆一様に驚く。「すごい痩せましたね!」「どうやって痩せたんですか?」「10歳若返りましたね」とか、必ず話題となる。なんと答えるべきか困ってしまうが、悪い気はしない。

以前はLサイズ専門店で服を買っていたが、市販のMサイズが入るようになった。なにより、健康診断の数値も正常値に収まるようになった。いい事ずくめだ。

ダイエットは順調にもかかわらず、体重計に乗る頻度は増えている。なぜか。ダイエットの成果を確認したいのか。他人からの評価を手放したくないのか。評価を得る快感と、得たものを手放す恐怖。それがために体重計に乗る頻度が増えたのか。だとしたら、依存症の構造とそっくりだ。ダイエット中毒とでもいうべきか。

体重計で計るのは「体重」ではなく、周りから見られる自分の「評価」なのかもしれない。もちろん、人から褒められたり、健康になったり、おしゃれができるようになったりすることは、とても素晴らしいことだ。しかし、目的を見失ってはならない。

そもそもダイエットを始めたのは、「このままではいけない、大切な人と人生の喜びを分かち合いたい」と始めたダイエットだ。体重計の数値を減らすことが目的ではない。原点に立ち戻り、人生の中での文脈でダイエットを捉え直すべきなのかもしれない。喜びを分かち合えないダイエットなど意味がないのだ。

体重計に頻繁に乗るようになったら要注意と、自戒の念を込めて思う。

まとめ

通勤・ランチ・夕食・体重計との付き合い方——それぞれ単体で見ると地味な工夫だが、積み重なることでピークから28キロの減量につながった。特別な食事制限をしているわけではなく、よく噛む、歩く、記録する、といった小さな習慣の継続が大きい。

ただし、体重計との付き合い方の項でも触れた通り、数値そのものを追いかけることが目的化してしまうと本末転倒になる。ダイエットはあくまで、より良い日常を送るための手段。これからも無理のない範囲で、この生活リズムを続けていきたい。

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